
先日、愛知県豊田市足助町で開催されている春の風物詩「中馬(ちゅうま)のおひなさん」にいってきました。
「中馬のおひなさん」ってどんなお祭り?
毎年2月中旬から3月中旬にかけて、足助の古い町並み(重要伝統的建造物群保存地区)一帯で開催されます。

最大の特徴は、「町全体がひな祭りの会場になる」ということ! 街道沿いに並ぶ約130軒の民家や商家が、それぞれの家で大切に受け継いできたお雛様を、玄関先や店内にずらりと飾り、一般の旅行者に向けて見せてくれるのです。
江戸時代の寛永雛、明治・大正時代の豪華な御殿雛、そして素朴で可愛らしい土雛まで、年代も表情もまったく違うお雛様に出会えます。
「こんにちは、見せてくださいね」と声をかけて、家の方と世間話を楽しむのもこのお祭りならではの醍醐味です。
知ればもっと楽しい!「中馬街道」と「足助」の役割

このお祭りの名前にもなっている「中馬(ちゅうま)」という言葉。これを知ると、なぜ足助の町にこれほど立派なお雛様がたくさん残っているのかが分かります。
中馬街道とは?
かつて、愛知県の三河湾(海)から長野県の信州(山)へと続く重要な物流の道がありました(伊那街道とも呼ばれます)。この険しい山道に沿って、馬の背に荷物を乗せて運んだ運送業者たちのシステムを「中馬」と呼び、彼らが行き交った道が「中馬街道」です。
足助は「塩の町」だった!
足助は、この中馬街道のちょうど「中継地点(宿場町)」として栄えた町です。
三河湾で採れた塩は、一度この足助に集められました。そして、ここで厳しい山道に耐えられるよう、俵に詰め直され、「足助塩(あすけじお)」というブランド塩として信州へと運ばれていったのです。
つまり、足助は交通と物流の大拠点でした。 塩や山の恵みの取引によって莫大な富を築いた豪商たちが足助に集まり、彼らが愛娘のために、競うように京都や江戸から豪華なひな人形を取り寄せました。それが今、私たちが「中馬のおひなさん」で目にしている美しいお雛様たちのルーツなのです。
そらうみと散策
少し早いですが、そらうみもお代理様とお雛様のコスプレをしてまわりました。


江戸時代のお雛様

各商店でお雛様を飾っています。


小腹が空いたので五平餅を食べました。


動画
まとめ
日陰に入ると少し寒かったですが、天気も良く古い街並みを歩いて散策しているだけで楽しかったです。白壁の土蔵、黒い板壁、そして細い路地。どこを切り取っても絵になります。
「中馬のおひなさん」は、単なるひな祭りイベントではなく、中馬街道の宿場町として栄えた足助の歴史と、そこに生きた人々の息遣いを今に伝える素晴らしい文化体験です。
古い町並みを吹き抜ける春の風を感じながら、豪華なお雛様と美味しいグルメを楽しむ週末。足助の町へお出かけしてみてくださいね。


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